大雨の警報が出た日の、翌日から。
お客様からの問い合わせが、はっきり増えます。
「もし避難することになったら、うちの子どうしたらいいですか」
実はうちのサロンでは、年に一度、飼い主さん向けに防災のお勉強会を開いています。
その勉強会には、思っていたほどの人数は集まりません。
何もない日に「備えましょう」と言われて動ける人が、どれだけいるだろう、と思います。
私だって、自分の専門の外のことなら、たぶん動きません。
でも、災害は、こちらの準備が整うのを待ってくれない。
だから今日は、実際によく聞かれる4つの質問に順番に答えます。
そして最後に、グッズを揃えるより先にやってほしいことを書きます。
これがこの記事で一番伝えたいことです。
質問①「どこに避難したらいいの?」
まず、ここを誤解している方が本当に多いです。
「同行避難」と「同伴避難」は、別のことです
環境省の「人とペットの災害対策ガイドライン」では、こう区別されています。
- 同行避難……ペットと一緒に、避難場所まで移動すること。避難行動を指す言葉
- 同伴避難……避難所でペットを飼養管理すること。状態を指す言葉
ガイドラインには、同行避難とはペットと共に移動を伴う避難行動をすることであり、
避難所等で飼い主がペットを同室で飼養管理することを意味するものではない、
とはっきり書かれています。
「同行避難OK」の避難所でも、犬と同じ部屋で過ごせるとは限らないのです。
ここを知らないまま避難すると、現地でショックを受けることになります。

ついでに、ひとつ大事な誤解を
「避難所はペットを受け入れなければならない」——これは違います。
受け入れの可否や方法は、それぞれの避難所の運営に委ねられています。全国共通のルールはありません。
期待して行くと、裏切られたと感じてしまう。最初から「決まっていない」と思っておくほうが、心の準備ができます。
それでも、同行避難が鉄則です。
環境省が同行避難を原則としているのは、ペットのためだけではありません。ペットを置いて避難できずに、飼い主さんが逃げ遅れることを防ぐためでもあります。
避難所がペット可かどうかは、行ってみないとわからない
避難所ごとにルールが違います。同伴避難に対応している避難所は、全国的にまだ少数です。
しかも、そのルールは途中で変わることがあります。
災害の規模、避難者の数、動物アレルギーの方がいるかどうか。避難所の運営は日々動いているので、最初はよくても後から変更されることがある。逆もあります。
だから「近くの避難所はペット可だったから大丈夫」と一度確認して安心するのではなく、変わる前提で、いくつか選択肢を持っておくほうが現実的です。
だからといって「避難所に行かない」は、絶対にダメです
「ペットが断られたら困るから、家にいる」
「車の中で過ごすから、避難所には行かない」
——この選択をする人がいることは、行政の側も把握しています。内閣府の検討会の資料には、自治体からの回答として「ペット等がいるために避難を遠慮していることはあり得る」という記述が、はっきり残っています。
誤解しないでほしいのは、在宅避難や車中泊を選ぶこと自体は悪いことではありません。家が安全なら、そのほうが犬にとって落ち着ける場合もあります。国も、避難先を分散させること自体は選択肢として認めています。
問題は、避難所に一度も顔を出さないことです。
災害時の物資も情報も、避難所を拠点に配られます。そこに自分がいることが伝わっていないと、支援の輪から外れてしまう。
実際、過去の災害では「在宅を理由に物資を断られた」「配布していること自体を知らず、何日も食べていなかった」という声が、国の調査記録に残っています。国もこの問題を認識していて、在宅避難者・車中泊避難者向けの支援の手引きが別途出されているほどです。
だから、家にいるとしても車にいるとしても——避難所に行って、自分がここにいると伝えておいてください。
受付の仕組みや名簿の作り方は自治体によって違います。「在宅避難しています」と伝えれば、たいていは案内してもらえます。平時のうちに、お住まいの自治体がどうしているかを一度調べておくと確実です。
質問②「クレートは用意したほうがいい? どんなクレート?」
答えは絶対に必要です。
ただ、質問の順番が逆かもしれません。
大事なのは「どんなクレートを買うか」ではなく、
その子がクレートの中で落ち着いていられるかどうかだからです。
避難所でペットを受け入れてもらえる場合、ほぼ確実にケージやクレートに入れることが条件になります。環境省のガイドラインでも、日頃からキャリーバッグやケージに入ることに慣れさせておく必要性が示されています。
そのとき、クレートに慣れていない犬はどうなるか。
鳴きます。暴れます。出たがります。
周りには、動物が苦手な方も、眠れない方も、小さなお子さんもいる。その中で鳴き続ける犬を抱えて、飼い主さんはどんどん追い詰められていく。
そして最後には「もう避難所にはいられない」と、車に戻ることになります。
預かってもらえる場合も、同じです
避難所だけとは限りません。近隣の動物病院や施設が、一時的に預かってくれることもあります。
でも、そこでも同じことが起きます。クレートに入れない子は、預かる側も受けきれない。
預かってもらえるかどうかは、その子がどう過ごせるかで決まります。
クレートは「買っておくもの」ではなく「慣らしておくもの」です。
普段から、家の中でクレートを開けっぱなしにして、そこで寝る習慣をつけておく。ごはんをクレートの中で食べさせる。閉めても平気になるまで、少しずつ時間を伸ばす。
これがクレートトレーニングです。災害の日に始めても、間に合いません。

質問③「そもそも、犬に何を用意しておけばいいかわからない」
これが一番多い質問かもしれません。
優先順位をつけるなら、最上位はフードと薬です。
支援物資は届きます。でも、その子が食べ慣れたフードが届く保証はありません。療法食を食べている子、アレルギーがある子は、なおさらです。持病の薬も同じで、避難所に届くのを待つわけにはいきません。大規模災害では動物病院も被災します。
——ただ、正直なところ。
持ち物の話は、私が記事で書くより、リストを一冊持っておいたほうが確実です。
記事で網羅しようとすると、必ず抜けが出ます。そして読んだ側も「だいたいわかった」で終わってしまう。
この件は、記事の最後で紹介する本に譲ります。犬用と飼い主用のグッズリストが、優先順位つきで巻末に入っています。
質問④「避難したあとは、どうしたらいいの?」
そして、これがいつも答えが用意されていない質問です。
防災の情報は、たいてい「避難するまで」で終わっています。持ち物リスト、避難経路、クレート。そこまでは書いてある。
でも、避難生活は数日で終わるとは限りません。
ここからは、トリマーとしての話をします。
2週間、お手入れができないと何が起きるか
被毛のある犬は、ブラッシングが止まると毛玉ができます。
しかも避難生活では、条件がそろってしまう。ケージで過ごす時間が長く、体をこすりつける。雨に濡れても、しっかり乾かせない。生乾きの状態が続けば、毛は縮んで絡まります。
毛玉は、放っておくと皮膚を引っ張り、通気を悪くします。ただでさえストレスのかかっている状態で、皮膚のトラブルが重なる。
爪も伸びます。伸びた爪は、避難所の床で滑ります。滑れば、関節に負担がかかる。
そして、シャンプーができない。においが出ます。においが出れば、周りへの気兼ねが増えます。
飼い主さんが一番つらくなるのは、たぶんここです。
犬が心配なだけじゃなく、周りに申し訳ないという気持ちが積み重なっていく。
だから、平時のケアが備えになります
逆に言えば——
普段からブラッシングの習慣がある子は、避難生活でも毛玉ができにくい。道具が家にあって、使い慣れているなら、避難先でも続けられます。
ブラシは、避難用リュックに入れておいてください。
そのうえで、いちばん大事なこと
ここまで犬の話をしてきましたが、大前提をひとつ。
自分の命が最優先です。
これは冷たい話ではありません。むしろ逆です。
自分が無事でなければ、自分の犬を助けられないからです。
過去の災害では、避難したあとにペットが心配で家に戻り、その途中で被災した飼い主さんがいました。犬を置いていけなかった気持ちは、痛いほどわかります。
でも、飼い主さんが助からなければ、その子を最後まで守れる人がいなくなる。
だから、迷ったら自分の安全を選んでください。それが結果的に、犬を守ることになります。
そして——「誰にでも触らせてくれる子」に育ててください
ここからが、この記事で一番伝えたかったことです。
防災グッズより先に、備えておいてほしいことがあります。
その子が、他の人に触らせてくれるかどうかです。
考えてみてください。
災害のとき、飼い主さんが怪我をするかもしれません。入院するかもしれません。避難所で体調を崩すかもしれません。
そのとき、その子の世話を、誰かに頼むことになります。
避難先で出会った人かもしれない。ボランティアの人かもしれない。被災した動物を預かってくれる、動物病院の獣医師かもしれない。
そのときに、知らない人に触られると噛む子だったら、どうなるでしょうか。
抱き上げられない。ハーネスを付けられない。傷の手当てができない。ケージから出せない。
——助けたくても、助けられない。
これは、私が普段の仕事でずっと見ている部分でもあります。
トリマーは、他人の犬の体を毎日触る仕事です。だから、この差がどれだけ大きいかを知っています。
足先を触らせてくれる。口の周りを触らせてくれる。抱き上げても嫌がらない。知らない人にも、尻尾を振れる。
それは「お行儀がいい」という話ではありません。
その子の、生存率の話です。
犬でも、猫でも、自分がお腹を痛めて産んだ子でも。
誰かに憎まれる子に育ってほしいと願う親は、いないと思うんです。
みんな、愛される子に育ってほしいと思っている。
犬を飼うということも、同じだと私は思っています。この子を、誰からも愛される子に育てるということ。
いざというとき、誰かが手を差し伸べたくなる子。手を差し伸べても、大丈夫な子。
それが、どんな防災グッズよりも強い備えです。
そしてこれは、今日から始められることです。
もうひとつ。「その子の情報」も、渡せる形にしておいてください
触らせてくれる子に育てたとして、もうひとつ足りないものがあります。
頼まれた人は、その子のことを何も知らないということです。
何を食べているのか。どの薬を飲んでいるのか。かかりつけはどこか。持病はあるか。何が苦手か。
ぜんぶ飼い主さんの頭の中にあります。そして、その飼い主さんが動けない状態だから、頼んでいる。
スマホにメモしてある、では足りません。
停電します。
充電は切れます。
そもそも他人にスマホを渡せません。
紙に書いて、その子のそばに置いておく。
これで、誰かに託せるようになります。
だから、この本は「読む本」ではなく「防災グッズ」です
紹介したいのは、この一冊です。

『決定版 犬と一緒に生き残る防災BOOK』(日東書院本社/監修・平井潤子)

私がこの本を勧める理由を、3つ書きます。
理由①:書き込み式の「愛犬健康手帳」が付いています
いま書いた話が、そのまま解決します。
本の中に、自分で書き込む2ページがあります。その子の情報を書いておくページです。
書いてしまえば、この本は「犬の防災について書かれた本」から、「うちの子専用の防災グッズ」に変わります。
紙なので、停電しても読めます。電波がなくても読めます。そして、そのまま人に渡せます。
だから私は、この本は読んだら本棚にしまうものではなく、防災バッグに入れておくものだと思っています。
理由②:チャートで「判断」ができます
災害のときに困るのは、知識がないことではありません。
パニックの中で、判断ができないことです。
この本には、状況別のチャートがいくつも入っています。
- 在宅避難か、同行避難か——うちはどちらを選ぶべきか
- すぐに帰宅できないとき、どうするか
- 犬が怪我をしたとき、何をするか(応急処置)
「こういうときは、こうする」が図で追える。文章を読んで考える余裕がないときに、これはかなり違います。
安否確認の方法や、災害時にどこから情報を取ればいいかも載っています。
理由③:監修が、環境省のガイドラインを作っている人です
監修の平井潤子さんは、NPO法人アナイスの理事長で、東京都獣医師会の事務局長。
そして、環境省「人とペットの災害対策ガイドライン」の検討会委員です。2018年の策定時だけでなく、現在進行中の改訂の検討会にも委員として参加されています。
この記事の前半で私が説明した「同行避難」「同伴避難」の定義は、その方が関わって作った文書のものです。
——つまり、ルールを作っている側の人が書いた本だということです。ネットのまとめ記事とは、情報の出どころが違います。
そして、この本の一行目
この本、いちばん最初のページが何から始まると思いますか。
「人命が最優先」です。
「災害時の心得五」として、人命が最優先であること、ペットも飼い主も”災害弱者”であることが、犬の本の冒頭に置かれている。
犬の本なのに、最初に人間の命の話をする。
この本を信用していい、と私が思ったのは、ここでした。
ご家族で読んでください
127ページ。写真とイラストが多く、文字ばかりの本が苦手な方でも読めます。
そして——これが大事なんですが、ご家族で読んでください。
災害のとき、家にいるのが誰かはわかりません。お子さんだけかもしれない。おじいちゃんおばあちゃんだけかもしれない。
「お母さんだけが知っている」では、備えたことになりません。
だから、一家に一冊。しまい込まずに、手の届くところに。
そして、わんちゃんの防災バッグの中に常備してください。
いざという時に、状況別チャートがあれば、そのとき何をすればいいかが分かります。
紙の本で読んで、ご家族でシミュレーションして、非常用リュックに入れておいてください。
勉強会に来られなくても、これが家にあれば、家族みんなで読めます。

まとめ
- 同行避難は「一緒に避難所まで行くこと」。避難所内で一緒に過ごせる意味ではありません
- 受け入れは義務ではなく、ルールは避難所ごとに違い、途中で変わることもあります
- それでも避難所には行ってください。在宅避難でも、所在を伝えておく
- クレートは買うものではなく、慣らしておくもの
- フードと薬は最優先。残りはリストを一冊持つ
- 避難生活が続けば、毛玉も爪もにおいも問題になります。平時のケアが備えです
- 自分の命が最優先。自分が無事でなければ、その子を守れません
- 誰にでも触らせてくれる子に育てること。それが最強の防災です
- そしてその子の情報を、紙で渡せる形にしておくこと
何かが起きたあとに動くのは、遅くはありません。今こうして読んでくださっているなら、それで十分です。
ただ、次に何か起きたときに慌てなくていいように。
今日、クレートの扉を開けておくところから始めてみてください。


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