「俺の散髪代より高いんだけど」
毛玉のある犬のトリミング料金を見て、そう言われることがあります。
特に男性のお客様で、というかほぼ男性のお客様からそういわれるんですが…
あのですね、正直に言います。
その比較は、成立しません。
でも、ただ「成立しません」と突っぱねるだけでは、何も伝わらないので。
だから今日は、現役サロンオーナーとして、なぜ毛玉があると料金が変わるのかを、物理的な理由と、経済的な真実の両面から、きちんと説明します。
これは、前回の記事(犬の毛玉、触ってわからないからこそ怖い)の続きです。
毛玉が「見た目の問題」じゃなく「健康の問題」だという話をしました。
今回は、その毛玉が「料金の問題」にもなる理由をお伝えします。
まず結論:毛玉があると、希望通りのカットは「物理的に」できません
最初に、一番大事なことを言います。
毛玉のある犬は、希望通りのカットができません。
これは、トリマーの技術(腕)の問題では決してありません。
物理の問題です。
なぜか。順番に説明します。
理由①:毛玉があると、ハサミが使えなくなる
毛玉は、硬くて、厚みがあります。
その毛玉に、ハサミを入れようとすると、何が起きるか。
ハサミの刃の噛み合わせが、狂います。
トリミング用のハサミは、繊細な道具です。
2枚の刃が、絶妙な角度で噛み合うことで、毛を「切る」のではなく「断つ」ように仕上げます。
そこに、硬くて厚い毛玉が入ると——刃と刃の噛み合わせがずれてしまう。
一度噛み合わせが狂ったハサミは、もう元通りには戻りません。
専門の業者に出して、研ぎ直し・調整をしてもらうしかない。
つまり、毛玉のある犬を一頭仕上げるたびに、ハサミが傷んでいくんです。
理由②:毛玉があると、バリカンが「凶器」になりかねない
「じゃあ、ハサミがダメならバリカンで」と思いますよね。
でも、ここにもっと深刻な問題があります。
バリカンの刃は、毛を一定の長さで刈るために、細かい溝が並んでいます。
その溝に、毛玉が引っかかる。
引っかかった瞬間、犬は「痛い」と感じます。
そして——ここが本当に危ないところ。
引っかかった状態で犬が動くと、皮膚ごと切れてしまうことがあります。
毛玉は皮膚の近くで固まっているので、バリカンの刃が毛玉を巻き込むと、その下の皮膚まで一緒に持っていかれる。
犬に、深い傷を負わせてしまう。
これは、絶対に避けなければなりません。
そして、もう一つ大事なこと。
バリカンの刃は、残したい毛が長ければ長いほど、溝が深く(広く)なります。
つまり、「毛を長めに残したい」と思うほど、皮膚を巻き込みやすくなる。
長く残そうとするほど、危険が増す——これが、毛玉のある犬の難しさです。


だから、「短く剃る」しか選択肢がなくなる
ここまで読んでいただくと、わかると思います。
毛玉のある犬を安全にカットするには——
毛玉の下に、バリカンの刃を通すしかない。
つまり、毛玉よりも皮膚に近いところを、ごく短い刃で剃る。
これが、「毛玉がひどいと丸刈りになる」本当の理由です。
「もっと毛を残してほしかった」
「こんなに短くしないでほしかった」
——その気持ちは、痛いほどわかります。
でも、毛を残そうとすれば、毛玉に引っかかって犬が傷つく。
犬の安全と、希望のスタイル。
天秤にかけたら、答えは一つしかないんです。
これは手抜きでも、妥協でもありません。犬を守るための、唯一の選択なんです。
「時間をかけて、丁寧に毛玉を解けばいいのでは?」
そう思う方もいるかもしれません。
確かに、軽度の毛玉なら、時間をかけて少しずつ解くこともあります。
でも、考えてみてください。
毛玉を解く作業は、皮膚の近くで固まった毛を、一本一本ほぐしていくということ。
その間ずっと、犬は皮膚を引っ張られ続けます。
痛い。怖い。動きたい。
それを、何十分も、場合によっては何時間も我慢させる。
毛玉を解く時間が長引くほど、犬の苦痛は増えていく。
だから、ある程度以上の毛玉は、「丁寧に解く」よりも「潔く短く剃る」方が、犬にとってずっと優しいんです。
毛玉を解くだけで1時間も2時間もブラッシングしたらどうなるとおもいますか?
犬もトリマーもヘトヘトです。
時間をかけることが、必ずしも愛情ではありません。
むしろ犬の(そしてトリマーの)体力と気力を削るだけです。
ここからは、お金の話をします
物理的な理由がわかったところで、次は「料金」の話です。
なぜ、毛玉があると追加料金が発生するのか。
ここ、サロンがちゃんと説明しないことが多いので、本音でお伝えします。
ハサミの研ぎ直しは、1本2,500円
さっき、毛玉でハサミの噛み合わせが狂う、という話をしました。
その研ぎ直し・調整に、いくらかかると思いますか?
うちの地方だと、だいたい1本、2,500円です。
バリカンの刃も同じ料金です。
私が学生の頃は、1本1,000円ほどでした。
それが今は、2.5倍。
そして、トリマーが使うハサミは1本ではありません。
カット用、すきバサミ、カーブバサミ——用途ごとに何本も使い分けます。
毛玉の犬を担当すれば、その何本もが、まとめて傷む。
毎月、複数本を研ぎに出しているのが現実です。
バリカンの刃も、消耗品です
バリカンの刃も、金属でできています。
毛玉で酷使すれば、当然、切れ味が落ちる。
これも定期的に研ぎに出すか、買い替えるしかない。
ハサミと同じく、毛玉の犬を担当するほど、消耗が早まります。
時間も、コストです
毛玉のある犬は、通常の何倍も時間がかかります。
慎重に、犬の様子を見ながら、休憩を挟みながら進めるからです。
その間、トリマーは他の犬を担当できません。
1頭にかかる時間が増えれば、1日に対応できる頭数は減ります。
これも、立派なコストです。
だから、毛玉料金は「正当な対価」です
ここまでをまとめると、毛玉のある犬を担当するとき、サロンは:
- ハサミの噛み合わせを傷め(研ぎ直し1本2,500円)
- バリカンの刃を消耗させ
- 通常の何倍もの時間をかけ
- その間、他の犬を受けられない
- 作業時間に値する人件費
——これだけのコストを背負っています。
丸刈りで終わったとしても、です。
「丸刈りなのに高い」のではありません。
丸刈りにするまでに、これだけのものがかかっているんです。
毛玉料金は、嫌がらせでも、ぼったくりでもありません。
サロンが、犬を安全に、責任を持って仕上げるための、正当な対価なんです。
「人間の散髪」と「犬のトリミング」は、比較になりません
最後に、最初の話に戻ります。
「俺の散髪代より高い」
なぜこの比較が成立しないのか。
ここまで読んでいただいた方には、もうわかっていただけたかと思います。
並べてみれば、一目瞭然です。
人間の美容室・床屋:
- 相手は1人(基本的に動かない、痛みを言葉で訴えられる、暴れない、言葉が通じる)
- 切るのは「髪の毛」が中心
犬のトリミング:
- 相手は1頭(動く、痛みを言えない、暴れる、噛むこともある、言葉が通じない)
- 全身の毛、皮膚、耳、爪、肛門腺、足裏——すべてを処理する
- シャンプー・乾燥も込み
- そして毛玉があれば、道具が傷み、犬が傷つくリスクを背負う
——同じ「カット」という言葉でも、やっていることがまったく違う。
犬のトリミングは、全身のケアと、命の安全管理です。
比較すること自体が、そもそも無理なんです。
だから、比べて「高い」なんて、言わないでほしい。
正直、そう言われると、悲しいです。
——もちろん。
だからといって、人間の理美容が簡単だと言いたいわけでは、まったくありません。
分野が、違うんです。
どちらも、専門の技術と資格を持ったプロの仕事。
むしろ、安易に比べることは、美容師さん・理容師さんにも失礼だと思っています。
犬には犬の、人には人の、専門がある。
ただ、それだけの話なんです。
まとめ:毛玉料金の向こうにあるもの
長くなったので、まとめます。
毛玉があると追加料金が発生するのは——
- 毛玉でハサミの噛み合わせが狂い、研ぎ直しに1本2,500円かかるから
- バリカンの刃も消耗し、研ぎ直し・買い替えが必要だから
- 通常の何倍も時間がかかり、その間ほかの犬を受けられないから
- そして何より、犬を傷つけずに安全に仕上げるための、技術と責任が必要だから
毛玉料金は、これらすべてへの、正当な対価です。
そして、忘れないでほしいこと。
毛玉を作らなければ、この料金は発生しません。
希望通りのカットができます。
愛犬が痛い思いをすることもありません。
毛玉を防ぐことは、愛犬のためであり、飼い主さんの財布のためでもあるんです。
日々のブラッシング。シャンプー後の乾燥。
その小さな積み重ねが、愛犬の健康と、あなたの出費を、両方守ります。
「俺の散髪代より高い」と感じる前に、できることがある。
それを、次の記事でお伝えしたいと思います。
(次回は、現役サロンオーナーとして、毛玉を防ぐための具体的なブラッシングと道具について書く予定です)


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